SKy tramp =空をてくてく歩く旅人
私はAOZORA第1回目のDMに描かれいる少年を愛着込めてそう呼んでいる。
今日はその少年を生み出してくれた KEN君のお話です。
第1回AOZORA写真展 何もないところから始まった。
あるものは やるといったらやる 自分の中の信念、・・・格好良く言えば。
でもそれはただの意地に近かったのかもしれない。
開催までは既に1ヶ月を切っており、準備は20%も進んでいなかった。
雨交じりの冷たい風が吹く10月下旬、それでもAOZORAの実現に力を貸してくれた
何人かの友人達に、私は、近所のロイヤルホストの奥のテーブルで囲まれていた。
「ねぇ、DMとか考えてる!?」
考えていないわけではなかった。
洋服の企画の仕事をしていた私は、デザインなら自分で何とかできると高を括っていた。
ただ絵やDMとなると専門外、しかも時間もない中、DM作成にかける時間はなっかた。
「僕やりましょうか」
その頃はまだそれほどは親しくなかったKEN君が言った。
「そうしなよ!」「手伝うからには俺たちも恥ずかしくないものやりたいし」「KEN君なら大丈夫」
KEN君がデザイナーである事は聞いていた。
ただどんなデザインをする人なのか、それ以前にどんな人なのか、それすらもよく知らなかった。
正直なところ、DMデザイン=AOZORAのシンボルになると思っていたので、それを人に任せて
いいのだろうか?イメージどおりのものが出来るのだろうか?不安はあった。
でも、彼の「やりましょうか」という言葉・・・ほっとしたことも事実だった。
その言葉に甘えて力を借りることにした。
3日後に送られてきたデザイン・・・イメージどおりではない。
自分のイメージを遥かに超える、心震えるデザインが上がってきた。
私にはその時、このマークとロゴが世界中の公園ではためいているのが見えた。
絶対に彼のデザインを背丈まである看板にして、NYの公園に並べる!自分と約束をした。
よふこちゃん(AOZORA立ち上げに力を貸してくれた友人)が
AOZRAのために作ってくれた言葉がそっとそのデザインに添えられていた。
『スプーンひとさじの砂糖で紅茶が甘くなるように
手のひら一枚のコインで誰かに幸せが訪れる
晴れ渡った青空のした あなたにも幸せを届けたくて
私たちはシャッターを切りました
目に止まる一枚に出会えますように』
KEN君は本業の仕事が忙しく、会う時はいつも徹夜明け。
そんな中、心苦しいながらもいつも甘えてお願いしてしまう。
「また、AOZORAやるんだ・・DM・・お願いできる?」
納期2週間の条件で、徹夜明けの青白い顔をしているKEN君にこう言える自分が怖い。
反省もあり「あんまり無理だったらいいよ・・・いいんだよ、今回は無理だって言って」と私が言うと
KEN君はニコリ笑って「無理って言えないっすよ」と言ってくれる。
私はKEN君もKEN君のデザインも大好きだ。

![200905DM_design_HP[2].jpg](http://aozora.us/2009/11/03/5/200905DM_design_HP%5B2%5D.jpg)

